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カシュガル今昔

こんにちは、まるです!今日もよろしくお願いします♪



今回の中国は非常に短い滞在だったこともあり、まとめ記事は割愛します。

代わりに、自分は9年前にもカシュガルの地を訪れたことがあるので、今日はその時のことを思い出しながら、今のウイグルが置かれた状況について自分なりの思いを書いていこうと思います。

当時と比べると、今のウイグルは本当に様変わりと言った感じで…

何から書いていこうか、上手くまとめられるかもわかりませんが、どうかお付き合いいただけると幸いです。





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2019年6月27日
(世界一周87日目)
【カシュガル】
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おはようございます!

昨日は、新疆ウイグル自治区のカシュガルの街歩きをした様子を紹介いたしました。

一見するとすごく綺麗で居心地の良さそうな街並み。

…なのですが、1日街歩きをする中でものすごく大きな違和感を抱く結果となりました。

その違和感がどこにあるのか、自分なりに感じたことを今日は記していこうと思います。



と、その前に、現在のウイグルで何が起こっているのか、その背景を説明していきたいと思います。

細かいことなどは割愛し、報道で目にすることを中心にまとめてはいきますが、誤りなども多々あると考えられます。

その点はご了承ください。



新疆ウイグル自治区は、少数民族であるウイグル族の居住比率が高いエリアです。

以前は、自治区の全人口のうち半数以上をウイグル族が占めていたことも。

彼らはイスラム教を信仰し、中央アジア諸国やトルコなどと言語系統が同じウイグル語を話します。

この地域は、以前より独立や自治の拡大を求める動きが強く、中国政府はこのような動きを厳しく取り締まっていました。

こうした取り締まりや、国策により移住してきた中国人との経済格差、ウイグル族固有の文化・宗教が尊重されないことなどへの反発から、抗議運動などが過去頻繁に起こっていましたが、中でも2014年に起こったウルムチ駅爆発事件以降は、テロ対策の強化を目的に自治区内で徹底的な管理統制が行われるようになりました。

中国政府は現在、ウイグル族の人々を中国人に同化させることを目的に、何100万人ものウイグル族を再教育施設に強制収容していると言われ、国際的に多くの非難が集まっています。



と、すごくシンプルにまとめてみたのですが、大きな欠落があるかもしれません。

こんなものかと、サラッと流してください。



自分はそんな新疆ウイグル自治区に、2010年に1度訪問したことがあります。

その当時にも中国政府の取り締まりはあり、それに対するウイグル族の反発も頻繁にみられる状況ではありましたが、それでもまだまだ独自の文化は多々感じることができました。

しかし、その記憶が残る中での今回の再訪問。

あまりの街の変貌ぶりに驚きを感じました。

当時の写真と今回の写真を合わせ、解説していきたいと思います。



まずは昨日のブログでも紹介した中国最大のモスク、エイティガール・モスク。

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こちらが9年前の外観となります。

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一方こちらが現在の外観。

違いにお気付きでしょうか?

現在では中国の国旗が掲げられていますね。

また、以前はあった入口上のアラビア語が引き剥がされています。

では、中の様子はどのような違いがあるのでしょう。

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こちらが9年前。

ウイグル族の人々が、モスク内の絨毯に跪き、祈りを捧げている姿を目にすることができました。

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一方こちらが現在。

9年前の写真で祈りを捧げている場所にはロープが張られ、中に入れないようになっていました。

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建物の中にも祈りを捧げている人はおらず、ガイドの説明を聴く団体旅行者がいたのみ。

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また、これらの観光客はみんな漢民族と思しき人々であり、ウイグル族は一人も目にすることができませんでした。

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モスクと言えば、現在でも古城景区内にいくつかのモスクがありました。

ただそれらのモスクには全て鍵がかけられており、中に入ることはできないようになっていました。

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モスクの壁面にはこのような解説文が掲げられていましたが、どのモスクもかつてこの地に存在していた文化を紹介するための「展示物」という印象であり、そこから信仰の匂いは一切感じ取ることができません。

そういえば今回の滞在中、モスクに入るウイグル族の姿を目にすることも、鳴り響く1日5回のアザーンを耳にすることも、ついには1度たりともありませんでした。



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9年前、カシュガルの街を歩いていると、頻繁にすれ違った記憶があるのがこのロバ車。

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様々な物資を積んだ荷車を忙しそうに引っ張る姿が印象的でした。

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一方今回の訪問では、ロバ車の姿を見ることは叶いませんでしたが、代わりによくすれ違ったのがこちらのEバイク。

大通りには歩道の隣にEバイク専用道が整備されており、人々の足として活躍するようになっていました。



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道路と言えば、以前は路上に物を並べて商いを行うウイグル族の姿がよく見られ、道を歩いているとその活気に圧倒されそうなほどでした。


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また、商いの活気と言えば、市場の賑わいはもの凄かったのを記憶しています。

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本当に様々な物資が売り買いされ、

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狭い通路を巨大な荷車を引いて行き交う商人。

これぞバザールと言った雰囲気でした。

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今回の訪問では市場を訪れることはできなかったものの、古城景区内の商業エリアは何度か歩きました。

現在では綺麗な屋台が古城景区内に整備され、以前のような雑多さは無くなりました。

そして何より気にかかったのは、店の中で実際に営業している店舗の割合が非常に低いこと。

この写真の場所は恐らく賑わうとしたら夜なのかと思い、改めて夜に歩いてみたりもしたのですが、それでも営業していない店舗がかなりの数みられました。

綺麗な建物なのにもかかわらず、そこには人気も活気もない…



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活気と言ったらこちらも忘れてはいけない職人街。

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道路の両側には様々な手工芸品を作る職人が店先に座り、黙々と作業をしていました。

辺りに鳴り響く作業音が強く印象に残っています。

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こちらの写真は現在の様子。

一見するとここはあまり変化がないようにも感じられますが、実は古城景区内で実際に手工業を行っているのは写真に写る一角だけと、そのエリアは極端に狭められていました。

また、そのエリアがどのような場所なのかを紹介する立て看板が設置され、観光客が周りを取り囲むようにして集まり、写真を撮っていました。

以前のような手工業の匂いは完全に無くなり、先ほどのモスク同様、単なる観光用の見世物に成り下がってしまっている印象です。



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また、9年前の街では当然のことながら、ウイグル族が用いるウイグル文字を沢山目にすることができました。

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もちろん漢字を目にすることも多々ありましたが、どちらかというと表記のメインはウイグル文字であり、このようにウイグル文字のみの掲示物や看板も沢山見られました。

一方現在では漢字がメインとなり、ウイグル文字はかなり小さい表記でしか書かれなかったり、一切のウイグル文字表記のない看板に出くわすことも多かったです。

それだけ漢民族の居住者が増えたということなのでしょうか。

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街と言ったら、以前はよく目にした古めかしい建物。

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この趣ある街並みが、街歩きを楽しくしてくれた覚えがあります。

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当時も新しめの建物はありましたが、まだまだその数は少なく。

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それが現在ではこのような新しい建物だらけに。

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ただ、昔も今も街が監視カメラだらけなのは変わらぬことです。

ウイグル人の監視は当時からかなり力を入れていたのでしょうかね。

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そして何より一番の違和感は、何気ないこうした通りを歩いている時に感じる活気の違い。

9年前はウイグル族の人通りがどこに行っても非常に多かったのに、今回の訪問では古城景区の中心を外れると途端に人通りが目立たなくなりました。

街が危険だから人通りが無いというのではなく、よく整備された綺麗な街で人通りが無いということは、他の街ではなかなかあり得ないことなので、ものすごく不自然な感じがしました。

まるでゴーストタウンの様相を呈していました。



街で出会うウイグル人の数も非常に少なかった印象です。

漢民族が多く移住してきているので、出会う人々も当然漢民族の比率が高くなっているのは当然のことでしょう。

しかし、出会うウイグル族の人数そのものが圧倒的に少なかった。

しかも、その多くが年配者。

辛うじて女性は、ある程度幅広い年齢層の方を目にすることができましたが、特に若い男性を目にする機会がほとんど無かったのが驚きでしょうか。

一体彼らはどこに行ったのでしょうか…?

街の中心には若い男性がありつける仕事が無いということなのでしょうか?

それとも多くの若い男性が再教育施設に入れられてしまっているということでしょうか?

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郊外にはこのような住宅団地がいくつも立ち並んでいました。

ここに暮らすことができているのならまだ良いのですが…



働き手が街に見られないということは、ウイグル族の暮らし向きはかなり悪いということが予想されます。

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衝撃だったのが、この地下道。

中には漢民族の商店が軒を連ねるエリアになり、活気もそれなりにあったのですが、そこで目にしたのはウイグル族の物乞い。

しかも1人や2人ではありません。

9年前には見られなかった数の物乞いが、どの地下道を通ってもお金を無心してくるのです。

言葉になりませんでした。



一方で、変わらないものもありました。

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こちらは9年前に訪れた時に宿泊した老城青年旅舎。

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今回は宿泊こそしませんでしたが、その前を通ってみると、塗装こそ違えどガラスの雰囲気に当時の面影が。

移転することなく昔も今も営業を続けていたのですね。

実際このユースホステルが、街を歩くのに非常に役に立ちました。

と言うのも、衝撃的な話なのですが、



ここまで紹介してきた古城景区は、9年前に訪れた時には影も形も無かったのです。



2010年の段階では、ユースホステルの向かいには更地が広がっていました。

何でも数年前までそこにあったウイグル族の居住エリアが、つい最近クリアランスされたというのです。

ちょうど自分が訪れた時は重機が入っており、更地となった土地をならしていました。

それから今回の訪問までの間に、立派な古城景区が造られたというわけなのです。

そのため当時の面影を辿ろうにも、街路網も建物も本当に変わってしまったので、記憶を呼び起こすことができなかったのです。

唯一目印になったのがこのユースホステルでした。



写真の紹介は以上となります。



個人的な話で恐縮ですが、自分はこれまで訪れた様々な街の中でも、カシュガルという街が、ウイグル族と言う人々が大好きでした。

久保田早紀さんの「異邦人」という曲をご存じでしょうか?

その曲の一節に、このような歌詞があります。

~~~

市場へ行く人の波に 身体を預け

石畳の街角を ゆらゆらと彷徨う

祈りの声 蹄の音 歌うような騒めき

私を置き去りに過ぎて行く白い朝

~~~


シルクロードのイメージを想起させてくれるこの曲が、自分は大好きです。

そして、この歌詞のイメージにぴったりと合うのが、カシュガルという街でした。

9年前にシルクロードに憧れ、当地に旅に出た時の、ここカシュガルの街並みと、親切にしてくださったウイグル人の姿が、今でも鮮烈に印象に残っているのです。



しかし今のカシュガルには、往時の姿は全くもってありません。

今回の訪問を通じ、個人的には、



「死んだ街」



という印象が強く残りました。

活気にあふれる街並み、独自の文化、そしてウイグル族の誇り。

これら全てを破壊し、まるで博物館の如く街を造り変えてしまう。

このような中国政府のやり口に、ただただ怒りがこみ上げてきます。



今回は何枚もの写真を通じてウイグルの現状を伝えようと試みましたが、実は一番伝えたかった写真がありません。

この古城景区は、実は全ての道路が門で仕切られており、外側の街から古城景区に入るためにはその門の検問を通過する必要があります。
(観光客は特に検査をされることもなく通過できますが)

また、門の内部には非常に狭い範囲であるにも関わらず、それこそ数100人もの公安がたむろしているのです。

そうした様子を写真で何枚か撮影したのですが、実はその翌日にキルギスに向かう際のイミグレで、それらの写真は全て消去させられてしまったのです。

わざわざ写真を消去しなければいけないような異常なことを、今の中国政府はウイグル族に対して行っているのです!



こんな一個人に何ができる訳でもないのはわかっています。

ただ、この現状を1人でも多くの人が知り、もしそれを異常な状況だと感じるなら声をあげる。

そうした人が1人、10人、100人と増えていき、大きなムーブメントとなったとしたら…

もしかしたらこの現状は変わっていくのかもしれない。

そうした声を高める一助となることを願い、本記事を投稿します。



本日もありがとうございました!





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コメント

同意します

本当にそう思います。
まるさんがまた地理の先生に戻って
くださることをお待ちしてます。

12年前 ラサに行った時、とても違和感を感じた
のと同じです。
今はもっと変わっているのだろうと思います

ととさん

ありがとうございます。
ぜひとも、こうして見て感じた事実を、自らの言葉で子どもたちに伝えていきたいなと思います。

チベット自治区もそうですよね…
今回の旅では終わりの方になりますが、東チベットを巡ろうと計画しています。
ただ、あの辺りもここ数年でどんどん規制が厳しくなっているようで、どのようになっているのか…心配です。

No title

https://wapipi.net/home/?p=507
ウイグルの漫画が、ツイートによって拡散されています。

ととさん

お久しぶりです!
この漫画は結構前にタイムラインに流れてきたのを目にした事があります。
ここに描かれている事が事実なのだとしたら、あまりにも恐ろしい事ですよね…

No title

お返事ありがとうございます。
11月にカンボジアを旅行して来ましたが、シアヌークビルは中国になっていました。恐ろしいほどの建築ラッシュで、壊される道、ひどい状態でした。
いつもブログを拝見させていただきながら、勉強しています。
まる先生のような先生に大好きな地理を教えていただけたら嬉しいと思います。寒くなって来たので、気をつけて。
返信不要です。

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プロフィール

Maru

Author:Maru
高校地理教師による世界一周!
2019年4月2日出発!
アフリカ縦断旅スタート!エジプトから陸路で南下していきます。