廃墟の街に無数の教会!対照的な2つの地区
- 2019/10/23
- 06:00
こんにちは、まるです!今日もよろしくお願いします♪
リアルタイムでは、イスタンブールにやって参りました!
実はイスタンブールにやって来るのはこれが3回目。
そのためせっかくなので、今までに行ったことの無い所を巡ってヨーロッパに抜けていきたいと思います。
さあ、どんな所があるだろう…?
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2019年10月12~13日
(世界一周194~195日目)
【ニコシア→ガズィマウサ】
1ユーロ=119.5円
10ユーロ=1195円
1トルコリラ=18.4円
100トルコリラ=1840円
おはようございます!

本日の朝はゆっくり出発。
と言うのも、これから向かう街からトルコへのフェリーは毎日運航ではなく曜日が決まっていまして、それが明日出航と言うのです。
つまり、あまり早く出て今日中に街歩きを済ませてしまうと、明日やることが無くなってしまうのですね。
かと言って大荷物を持ってあっちこっち街を渡り歩くのもしんどいので、この2日間はのんびりと過ごすことにしました。

国境を越え、昨日に続き北キプロスに入国。

向かった先はバスターミナルです。
これから目指す街はガズィマウサ。
英語名ではファマグスタと呼ばれる、北キプロスで最も水深の深い港がある港町です。
昨日のうちにバスの時間を確認しに行ったのですが、朝7:00から1時間おきにバスが出ていると言うので何の心配も要りませんでした。
キプロスは比較的大きな地方都市同士でも便数が少なかったりしましたが、北キプロスはトルコと同じようにバスの便が発達していますね。

料金は14リラ。

バスはこんな感じのミニバスです。
「禁煙車」と言うデカデカと書かれた注意書きからも、日本のお下がりの車なのでしょうね。
1.バス下車場所
2.Altun Tabya Vintage
3.Desdemona Meze Restaurant
4.港入口
5.ビーチ
6.ララ・ムスタファパシャ・ジャーミィ
7.登れる城壁
8.オセロ塔

およそ1時間でガズィマウサの街に到着、こんな特徴的なモニュメントがあるランドアバウトの前で降ろされました。

ここガズィマウサも城壁がある街。
目の前の城壁をくぐると…

すぐに宿に到着いたしました。
本日の宿は、Altun Tabya Vintageです。
宿のクオリティは良かったですよ、Wi-Fiは激遅でしたが…
キッチンは有りませんが、その代わりにレストランやバーがあったりと、ちょっと良さげな雰囲気。
そのためお値段はツインで45ユーロ、この旅の最高価格です。
そして何とこの宿…ガズィマウサの最安だったのですね。
試しにシングルルームを調べてみると最安で35ユーロくらいしましたし、ドミトリーは存在しないため、本当に北キプロスは旅仲間がいて良かったです…

さて、荷物を置いたら早速街に出ます。
とは言え明日はチェックアウト後宿が使えなくなるため、本格的に街を歩くのは明日のチェックアウトから船に乗るまでの間と決めております。
そのため今日のうちにやることはただ1つ、船のチケットを買うことです。
と言うわけで倉庫街だったと思しき廃墟を横目に、

港にやって参りました。
ですが、早速入口のゲートの所で警備員さんに止められてしまい、船のチケットを買いたいと言うと、当日に改めて来なさいと言われてしまいました。
ただ、この時点ではいつ船が出るのか確証が持てていなかったため、明日船が出航することを知れたのは良かったです。
北キプロスからトルコへは、ギルネと言う別の港町から向かうのが一般的で、ここガズィマウサからトルコに向かった人の情報は一切持ち合わせていなかったのですね。
まあ、ギルネからは毎日便が出ていますし、トルコにより近いため、速く、そして安いと。
わざわざガズィマウサ発を選ぶ物好きなど滅多にいないと言うことなのでしょう。
それでも自分たちがこのルートを選んだのは、ここガズィマウサでどうしても見たい物があったからです。
それが何なのかは後程。

さて、今日やることは済んだので、お昼ご飯と行きましょう!
宿にキッチンは無かったので、本日は外食です。
港の近くにあったDesdemona Meze Restaurantに。

とりあえずビールで乾杯、料理は店の名前にも冠されているメゼを注文しました。
メゼとは、トルコやギリシャなど地中海東部一帯で食されている、前菜の盛り合わせのような物です。
結構メゼの名を冠している店は他にも見かけたので、この辺りの名物的な物でもあるのでしょうか。
お値段は50リラと少々お高いのですが、2人でシェアして食事兼つまみの感覚で頂くことにしました。

そしたらこんなのがドーンと!
野菜を中心に色々な味が楽しめるので、これは嬉しい…!
ビールも追加したい所ですが、お高いのでここでは我慢。

やっぱり安く済ませるなら宅飲みでしょう!
なお、昼食がかなり遅めの時間だったため、夕食は抜きで代わりにつまみと共に。
何だか鈴木さんと出会ってから食生活が荒れて来ている気がします。
これを鈴木さんのせいにしてはいけないのですが、自分も鈴木さんもかなりお酒が好きなため、2人揃うと飲み相手がいると言うことで、どうしてもこのように偏った食生活になってしまうのですね。
まあ、何1つ不満は無いですし、むしろ楽しくお酒が飲めて大歓迎なのですが笑
むしろ自炊の質は2人いる分確実に向上していますし。

ちなみに鈴木さんがどれだけお酒が好きなのかと言うと、今朝早起きして商店に行ったと思ったら、ワインを買って帰って来るくらい。
コマンダリア・ワインという干しブドウで造った甘いワインでして、南キプロスの名物だそうです。
「北キプロスに入ったら買えないと思って」と鈴木さん。
流石でございます、美味しく頂きました。
と言うわけで翌朝。


近くのお店でキョフテ(肉団子)のサンドイッチを食べ、

早速街歩きに出かけます!
青空に傘が映える!…と言いたい所ですが、傘はなかなかボロボロですね笑

城壁の外に出てまず向かったのは、

海!
実はこの海沿いを南の方へずっと歩いていくと、今回ガズィマウサで見たかった物があるのです。
この城壁から南側の海沿いの地域、ベローシャ地区と言うのですが、ここはイギリスがキプロス島の施政権を握って以降、ギリシャ系住民の居住区となっていました。
しかしキプロス独立後の1974年に内戦が始まりトルコ軍が侵攻して来ると、ギリシャ系住民はこの地区からの脱出を余儀なくされてしまいます。
その後現在に至るまでギリシャ系住民の帰還は許されず、街は今でも封鎖が続いており無人のまま、廃墟となった建物が立ち並んでいるのです。
当然自分たちもこのベローシャ地区に入ることは許されないのですが、この地区に沿ったビーチからその様子を伺うことができると言うので、今回はそこに行ってみることにしました。

ビーチまでの道中も立入禁止エリアが。
ここは建物が小綺麗でしっかりしているので、軍事関係施設か何かでしょうか。

そんなキナ臭い場所ではあるのですが、トルコ系住民向けなのでしょう、リゾートホテルなんかも建っていたりします。

かと思えば、そのすぐ近くには廃墟となった建物が。
こちらは恐らくですが、ギリシャ系のリゾートホテルでしょうか。
このホテルのすぐ手前を左に曲がったら、目の前にはビーチがあります。

と言うわけでビーチに到着!
青い空に青い海、これだけ見ればすごく気持ちの良い所です。

水もほら、こんなに綺麗。
目の前の街が廃墟と言うことは、生活排水などが流れ込むことも無いでしょうからね。
レバノン、キプロス、トルコと、地中海のビーチをいくつか見ましたが、ここがダントツで透き通っていました。

さっき見えたリゾートホテルですね。
ここから逆方向に進んで行くと、ベローシャ地区とぶつかります。
とりあえずビーチの端っこまで行ってみます。

ここが行き止まり。
向こうに立ち並ぶ建物からも、ここがかなり立派な都市だったと言うことがわかりますが、この写真に写っている建物、これ全てが廃墟なのです。
これほどまでに大規模な廃墟を、自分は今まで見たことがありません。
地図でキプロス島を見ると、立ち入りが制限されているエリアがいくつも見つかります。
それはここベローシャ地区のような事情の所もあれば、軍の駐留施設となっているような所もあり。
普通にシティライフを送る分には、南キプロスも北キプロスも非常に居心地の良い街ばかりなのですが、このような姿を目の当たりにすると、元々1つだった国が分断されていると言う事の重さを痛切に感じます。

今でも常に監視の目が光っているので、あまりここに無用に長居するのもよろしくはないでしょう。
とりあえず戻ることにします。
暑いので、途中、ビーチ沿いのお店に入って一休み。

そして、暑いのでビールを頼んでしまいました。
いや、この暑さで海にも入らずビーチを歩くのは無理というものです。

ただ、このお店、目の前には美しいビーチ、背後には廃墟のビル群と、非常に違和感を感じる光景の中にありました。

さて、ベローシャ地区から離れ、続いては城壁の中に向かいます。
さて冒頭で、ここガズィマウサには天然の良港がある旨を書きましたが、さらに城壁までも備えていることから、中東と西欧との中継点として、中世にはかなりの繁栄を見せました。
裕福になった商人たちは、揃って教会に寄進を行い、その結果旧市街には多くの教会が建てられました。
最盛時には城壁の中に365もの教会があったと言われています。
残っている教会も、多くが既に朽ちてはいるのですが、それでも今となっても現役で使われている施設もあります。

それがこちら、建物自体はかなり古いものの、ゴシック様式が非常に美しいですね。

正面から見るともう圧巻。
早速中に入ってみましょう。

壮麗な外観とは対照的に、中はかなり質素。
そしてこれ、教会ではなく…モスクですね。
こちらはララ・ムスタファパシャ・ジャーミィ。
元々は聖ニコラス大聖堂と言う名で、歴代のキプロス王の戴冠式が行われていた場所でもあります。
ただ、オスマン帝国の支配下に入った後にモスクに転用され、現在に至っています。
このように教会からモスクへ転用されたような事例は、有名な所としてはイスタンブールのアヤ・ソフィアなんかがよく知られていますが、先日のニコシアのセリミエ・ジャーミィと言い、結構オスマン支配下の地域には多いのでしょうかね。

さあ、続いては城壁に上ってみます。

てっぺんからの眺めはこんな感じ。
うーん…ちょっと眺めは微妙かな…
あそこに停まっているのは今日乗るフェリーでしょうか?

せっかくなので良い眺めをと言う事で、有料にはなりますが、オセロ塔と言う城塞にも行ってみました。
こちらはその名の通り、シェイクスピアの『オセロ』の舞台になった場所でもあります。
入場料は7リラ。

この門にあるライオンのレリーフが有名です。

内部は至って普通の朽ちた城塞ですが、

さすが有料だけあって眺めはさっきよりも良いですね、

軍艦?なんかも見えたりしました。

一通りの街歩きを終え、宿に戻ります。
ここから船のチケットが売り出されるまで、しばらく待機させてもらうことに。
さて日記ですが、このまま夜行フェリーで長い長い移動が始まるので、一旦ここで切りたいと思います。
明日の日記では、フェリーの様子、その後トルコ入国後の様子をお伝えします。
本日もありがとうございました!
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
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1ユーロ=119.5円
10ユーロ=1195円
1トルコリラ=18.4円
100トルコリラ=1840円
おはようございます!

本日の朝はゆっくり出発。
と言うのも、これから向かう街からトルコへのフェリーは毎日運航ではなく曜日が決まっていまして、それが明日出航と言うのです。
つまり、あまり早く出て今日中に街歩きを済ませてしまうと、明日やることが無くなってしまうのですね。
かと言って大荷物を持ってあっちこっち街を渡り歩くのもしんどいので、この2日間はのんびりと過ごすことにしました。

国境を越え、昨日に続き北キプロスに入国。

向かった先はバスターミナルです。
これから目指す街はガズィマウサ。
英語名ではファマグスタと呼ばれる、北キプロスで最も水深の深い港がある港町です。
昨日のうちにバスの時間を確認しに行ったのですが、朝7:00から1時間おきにバスが出ていると言うので何の心配も要りませんでした。
キプロスは比較的大きな地方都市同士でも便数が少なかったりしましたが、北キプロスはトルコと同じようにバスの便が発達していますね。

料金は14リラ。

バスはこんな感じのミニバスです。
「禁煙車」と言うデカデカと書かれた注意書きからも、日本のお下がりの車なのでしょうね。
1.バス下車場所
2.Altun Tabya Vintage
3.Desdemona Meze Restaurant
4.港入口
5.ビーチ
6.ララ・ムスタファパシャ・ジャーミィ
7.登れる城壁
8.オセロ塔

およそ1時間でガズィマウサの街に到着、こんな特徴的なモニュメントがあるランドアバウトの前で降ろされました。

ここガズィマウサも城壁がある街。
目の前の城壁をくぐると…

すぐに宿に到着いたしました。
本日の宿は、Altun Tabya Vintageです。
宿のクオリティは良かったですよ、Wi-Fiは激遅でしたが…
キッチンは有りませんが、その代わりにレストランやバーがあったりと、ちょっと良さげな雰囲気。
そのためお値段はツインで45ユーロ、この旅の最高価格です。
そして何とこの宿…ガズィマウサの最安だったのですね。
試しにシングルルームを調べてみると最安で35ユーロくらいしましたし、ドミトリーは存在しないため、本当に北キプロスは旅仲間がいて良かったです…

さて、荷物を置いたら早速街に出ます。
とは言え明日はチェックアウト後宿が使えなくなるため、本格的に街を歩くのは明日のチェックアウトから船に乗るまでの間と決めております。
そのため今日のうちにやることはただ1つ、船のチケットを買うことです。
と言うわけで倉庫街だったと思しき廃墟を横目に、

港にやって参りました。
ですが、早速入口のゲートの所で警備員さんに止められてしまい、船のチケットを買いたいと言うと、当日に改めて来なさいと言われてしまいました。
ただ、この時点ではいつ船が出るのか確証が持てていなかったため、明日船が出航することを知れたのは良かったです。
北キプロスからトルコへは、ギルネと言う別の港町から向かうのが一般的で、ここガズィマウサからトルコに向かった人の情報は一切持ち合わせていなかったのですね。
まあ、ギルネからは毎日便が出ていますし、トルコにより近いため、速く、そして安いと。
わざわざガズィマウサ発を選ぶ物好きなど滅多にいないと言うことなのでしょう。
それでも自分たちがこのルートを選んだのは、ここガズィマウサでどうしても見たい物があったからです。
それが何なのかは後程。

さて、今日やることは済んだので、お昼ご飯と行きましょう!
宿にキッチンは無かったので、本日は外食です。
港の近くにあったDesdemona Meze Restaurantに。

とりあえずビールで乾杯、料理は店の名前にも冠されているメゼを注文しました。
メゼとは、トルコやギリシャなど地中海東部一帯で食されている、前菜の盛り合わせのような物です。
結構メゼの名を冠している店は他にも見かけたので、この辺りの名物的な物でもあるのでしょうか。
お値段は50リラと少々お高いのですが、2人でシェアして食事兼つまみの感覚で頂くことにしました。

そしたらこんなのがドーンと!
野菜を中心に色々な味が楽しめるので、これは嬉しい…!
ビールも追加したい所ですが、お高いのでここでは我慢。

やっぱり安く済ませるなら宅飲みでしょう!
なお、昼食がかなり遅めの時間だったため、夕食は抜きで代わりにつまみと共に。
何だか鈴木さんと出会ってから食生活が荒れて来ている気がします。
これを鈴木さんのせいにしてはいけないのですが、自分も鈴木さんもかなりお酒が好きなため、2人揃うと飲み相手がいると言うことで、どうしてもこのように偏った食生活になってしまうのですね。
まあ、何1つ不満は無いですし、むしろ楽しくお酒が飲めて大歓迎なのですが笑
むしろ自炊の質は2人いる分確実に向上していますし。

ちなみに鈴木さんがどれだけお酒が好きなのかと言うと、今朝早起きして商店に行ったと思ったら、ワインを買って帰って来るくらい。
コマンダリア・ワインという干しブドウで造った甘いワインでして、南キプロスの名物だそうです。
「北キプロスに入ったら買えないと思って」と鈴木さん。
流石でございます、美味しく頂きました。
と言うわけで翌朝。


近くのお店でキョフテ(肉団子)のサンドイッチを食べ、

早速街歩きに出かけます!
青空に傘が映える!…と言いたい所ですが、傘はなかなかボロボロですね笑

城壁の外に出てまず向かったのは、

海!
実はこの海沿いを南の方へずっと歩いていくと、今回ガズィマウサで見たかった物があるのです。
この城壁から南側の海沿いの地域、ベローシャ地区と言うのですが、ここはイギリスがキプロス島の施政権を握って以降、ギリシャ系住民の居住区となっていました。
しかしキプロス独立後の1974年に内戦が始まりトルコ軍が侵攻して来ると、ギリシャ系住民はこの地区からの脱出を余儀なくされてしまいます。
その後現在に至るまでギリシャ系住民の帰還は許されず、街は今でも封鎖が続いており無人のまま、廃墟となった建物が立ち並んでいるのです。
当然自分たちもこのベローシャ地区に入ることは許されないのですが、この地区に沿ったビーチからその様子を伺うことができると言うので、今回はそこに行ってみることにしました。

ビーチまでの道中も立入禁止エリアが。
ここは建物が小綺麗でしっかりしているので、軍事関係施設か何かでしょうか。

そんなキナ臭い場所ではあるのですが、トルコ系住民向けなのでしょう、リゾートホテルなんかも建っていたりします。

かと思えば、そのすぐ近くには廃墟となった建物が。
こちらは恐らくですが、ギリシャ系のリゾートホテルでしょうか。
このホテルのすぐ手前を左に曲がったら、目の前にはビーチがあります。

と言うわけでビーチに到着!
青い空に青い海、これだけ見ればすごく気持ちの良い所です。

水もほら、こんなに綺麗。
目の前の街が廃墟と言うことは、生活排水などが流れ込むことも無いでしょうからね。
レバノン、キプロス、トルコと、地中海のビーチをいくつか見ましたが、ここがダントツで透き通っていました。

さっき見えたリゾートホテルですね。
ここから逆方向に進んで行くと、ベローシャ地区とぶつかります。
とりあえずビーチの端っこまで行ってみます。

ここが行き止まり。
向こうに立ち並ぶ建物からも、ここがかなり立派な都市だったと言うことがわかりますが、この写真に写っている建物、これ全てが廃墟なのです。
これほどまでに大規模な廃墟を、自分は今まで見たことがありません。
地図でキプロス島を見ると、立ち入りが制限されているエリアがいくつも見つかります。
それはここベローシャ地区のような事情の所もあれば、軍の駐留施設となっているような所もあり。
普通にシティライフを送る分には、南キプロスも北キプロスも非常に居心地の良い街ばかりなのですが、このような姿を目の当たりにすると、元々1つだった国が分断されていると言う事の重さを痛切に感じます。

今でも常に監視の目が光っているので、あまりここに無用に長居するのもよろしくはないでしょう。
とりあえず戻ることにします。
暑いので、途中、ビーチ沿いのお店に入って一休み。

そして、暑いのでビールを頼んでしまいました。
いや、この暑さで海にも入らずビーチを歩くのは無理というものです。

ただ、このお店、目の前には美しいビーチ、背後には廃墟のビル群と、非常に違和感を感じる光景の中にありました。

さて、ベローシャ地区から離れ、続いては城壁の中に向かいます。
さて冒頭で、ここガズィマウサには天然の良港がある旨を書きましたが、さらに城壁までも備えていることから、中東と西欧との中継点として、中世にはかなりの繁栄を見せました。
裕福になった商人たちは、揃って教会に寄進を行い、その結果旧市街には多くの教会が建てられました。
最盛時には城壁の中に365もの教会があったと言われています。
残っている教会も、多くが既に朽ちてはいるのですが、それでも今となっても現役で使われている施設もあります。

それがこちら、建物自体はかなり古いものの、ゴシック様式が非常に美しいですね。

正面から見るともう圧巻。
早速中に入ってみましょう。

壮麗な外観とは対照的に、中はかなり質素。
そしてこれ、教会ではなく…モスクですね。
こちらはララ・ムスタファパシャ・ジャーミィ。
元々は聖ニコラス大聖堂と言う名で、歴代のキプロス王の戴冠式が行われていた場所でもあります。
ただ、オスマン帝国の支配下に入った後にモスクに転用され、現在に至っています。
このように教会からモスクへ転用されたような事例は、有名な所としてはイスタンブールのアヤ・ソフィアなんかがよく知られていますが、先日のニコシアのセリミエ・ジャーミィと言い、結構オスマン支配下の地域には多いのでしょうかね。

さあ、続いては城壁に上ってみます。

てっぺんからの眺めはこんな感じ。
うーん…ちょっと眺めは微妙かな…
あそこに停まっているのは今日乗るフェリーでしょうか?

せっかくなので良い眺めをと言う事で、有料にはなりますが、オセロ塔と言う城塞にも行ってみました。
こちらはその名の通り、シェイクスピアの『オセロ』の舞台になった場所でもあります。
入場料は7リラ。

この門にあるライオンのレリーフが有名です。

内部は至って普通の朽ちた城塞ですが、

さすが有料だけあって眺めはさっきよりも良いですね、

軍艦?なんかも見えたりしました。

一通りの街歩きを終え、宿に戻ります。
ここから船のチケットが売り出されるまで、しばらく待機させてもらうことに。
さて日記ですが、このまま夜行フェリーで長い長い移動が始まるので、一旦ここで切りたいと思います。
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