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チェルノブイリツアー、悲惨な事故から33年後の姿

こんにちは、まるです!今日もよろしくお願いします♪



もう何日前になるでしょうか。

モルドバのキシナウから、日帰りで沿ドニエストルに行ったあの日。

あの日からずーーーっと!青空という物を見ていないのです!

その間に、ウクライナ、ベラルーシ、ラトビア、エストニア、フィンランドと、もう5カ国も巡って来ました。

冬のヨーロッパ、なかなか天気がエグいですね…笑





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2019年11月17日
(世界一周230日目)
【キエフ】
1フリブニャ=4.50円
100フリブニャ=450円



1.チェルノブイリツアー集合場所
2.プザタ・ハタ



おはようございます!

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本日は夜明け直後に宿を出発。

今日は1日かけて、チェルノブイリのツアーに参加するのです。

集合時間は朝8:00と言う事で、眠い目をこすりながら集合場所までの道のりを歩いて向かいます。

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こちらが集合場所。

チェルノブイリツアーはいくつもの会社が催行していますが、今回自分たちが申し込んだのは、Solo East Travelという会社です。

お値段は2人で申し込んだので少し割引が効いて、1人当たり91ドルでした。

時期によって値段はまちまちなので、必ずしもこの金額とは限りません。

なお、ここはSolo East Travel以外にも、いくつもの会社がチェルノブイリツアーの集合場所にしており、早朝にもかかわらずチェルノブイリを訪れる人でごった返していました。

何でも今年に入ってチェルノブイリへの訪問者数は激増しており、今年1年で10万人もの訪問者が見込まれているそうです。

ウクライナ政府は2016年頃から、敷地内の観光関連施設の整備や、外部への敷地の公開など、チェルノブイリを観光地として開放する政策を取り始めました。

また、今年に入って爆発した4号炉を覆う新石棺が完成し、周辺の放射線量が以前と比べて低い水準となっていることも、この動きを後押ししています。

負の遺産に人がごった返す…何だかすごく複雑な気分ですし、自分たちもそんな観光客の一員ではあるのですが、顰蹙を買わないような振る舞いをするのは勿論、少しでも多くの事を今日1日で学べたらと思います。

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それでは出発です。

行きの車の中ではチェルノブイリに関するドキュメンタリー映画などが放映されていましたが、聞いても自分には十分理解できないので、予め用意しておいた日本語の関連サイトを見ながら予習をします。

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およそ2時間でチェックポイントに到着。

ここから先は、個人で立ち入ることはできません。

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ツアー会社から渡された入場チケットとパスポートを渡し入場手続きをしたら、個人線量計が手渡されます。

これはエリア内にいる間はずっと付けていなければなりません。

1日のチェルノブイリ滞在でどれだけの被曝量となるのか気になったのですが、返却時に数字等は教えてもらえませんでした。

なお、これとは別に、各場所での放射線量を測定するガイガーカウンターもツアー申込時に有料でレンタルすることができます。

ただ、別に借りなくても要所要所でガイドさんが値を見せてくれました。



ちなみに、キエフの集合場所の値が毎時0.12マイクロシーベルト、このチェックポイントの値は毎時0.10マイクロシーベルトでした。
※今後、特に断りが無ければガイガーカウンターの「毎時〇マイクロシーベルト」を単に「μSv」と表記します。

このμSvという値、普段実感しないだけに、この数字が高いのか低いのか、正直なかなかピンときません。

様々な解釈があるでしょうし、1つの目安として考えて頂けると有難いのですが、日常生活を営むだけで多少なりとも放射線被曝は受けると言う事、そして1年間の日常生活を営む上で受ける放射線量は2400μSvに上ると言う事は、まず基準として押さえておいて頂けたらと思います。

これを単純計算すると、

2400μSv÷365日÷24時間=毎時約0.27μSv

そう考えると、キエフやチェックポイントの値は決して高い水準では無いという事になります。

ちなみに、東京からニューヨークまで1回の飛行機での往復で200μSv、胸部CTスキャン1回で6900μSvの被曝量があるという事なので、そう考えるとこのツアーは、よほど線量の高い所に入らない限り安全と言う解釈ができると思います。

勿論そんな線量の高い所へは、団体ツアーでは連れて行ってもらえませんので、そういう意味では、健康の部分については安心して周ることができそうです。


1.Zalissja
2.チェルノブイリ
3.チェルノブイリ原子力発電所
4.プリピャチ
5.ソ連レーダー

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立入禁止区域をひた走り、まずやって来たのはチェルノブイリから10kmほど離れた所にある街。

地図を見るとZalissjaと書いてあります。

ガイガーカウンターの値は0.15μSvでした。

こうしたモニュメントはいかにもソ連チックですが、それもそのはず、事故が起こったのは1986年。

その時に打ち棄てられてしまった街なので、まだソ連だった当時の姿がそのまま残されているのです。

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立派な建物。

この目の前には道路が通っていたのでしょうが、今では木々に覆いつくされています。

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建物の中に入ると、生活用品が転がっていたりもするのですが、ここで違和感が。

カレンダー、1983年の物になってますよ。

3年もカレンダーを付け替えないなんて考えにくいですし、何ならこの近くに転がっていた古新聞は2006年の物でした。

恐らく雰囲気づくりのインテリアで、後から置いた物なのでしょうね…

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再び車を走らせ、次はチェルノブイリの街です。

街のモニュメントには原子力発電所、そして船の絵が。

ドニエプル川の支流であるプリピャチ川に沿って造られたチェルノブイリの街。

恐らく原料を運び入れるためでしょう、立派な港湾も造られているようなので、それに関連した絵なのだと思います。

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この辺りは道もしっかりと整備され、生活の気配も感じさせてくれます。

現在チェルノブイリには、原発の作業員や警備に当たる警察官など、およそ2000人が暮らしています。

ただ、健康被害を気遣ってか、週4日はここに住み込みで働いて、残り3日はこの地を離れる…と言うような労働形態になっているそうです。

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ただ、一部を除いて事故以前からの住民はいないはずですが、街にはモニュメントが沢山ありました。

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こちらは折り鶴。

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もしやと思いましたが、やはり日本から贈られたモニュメントでした。

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この沢山のプレートは、事故によって住めなくなった街の名前が書かれています。

先日訪れたチェルノブイリ博物館と同じような感じですね。

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ここも時が止まった街。

レーニンの像が残されていました。

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この時点で時刻は12:00を回っています。

ここで昼食休憩。

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ここも2016年以降に整備されたのでしょうか?

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メニューこそ決まっていますが、しっかりしたレストランでした。



食事を終え、移動を再開します。

次に訪れたのはこちら。

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チェルノブイリの原子炉です。

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このドームで覆われているやつが、爆発した4号炉となります。

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近くまで連れて行ってもらいました。

ここのガイガーカウンターの値は0.72μSv。

これまでと比べると一気に高くなりましたが、これも新石棺のおかげでだいぶ低い数値になったようです。

この石棺が4号炉を覆うようになったのは先月からだそうで、それ以前の値は3~4μSvほどだったそう。

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この巨大な新石棺を、従来の石棺で覆われている4号機のすぐ横で組み立て、完成したものをスライドして被せたようです。



さて、ここで他のツアーグループにいた、とある人気ユーチューバーと偶然お会いしました。

自分は名前くらいしか聞いたことは無いのですが、すごく有名な方らしいです。

彼はおにさんに話しかけていたのですが、原子炉を指差して、

「あのでっかい建物なんすか?」

と言う、なかなかに衝撃的な質問が…

旅のスタンスはそれぞれでしょうが、それくらいは調べて来ようよ…

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この辺りは、作業員とツアー客以外はほぼ人気が無い所なのですが、犬はやたらといました。

しかもかなり人懐っこくて、盛んに餌をねだってきます。

もうかれこれ30年以上も人の営みが無いこの地では、動物が野生化し、のびのびと生き永らえているそう。

車の中からも、何度か野生の馬なんかを見かけたりしました。

動物たちにとっては、強大な敵である人間がいないこの地はユートピアなのかも知れませんね。

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再び車で移動。

この辺りの森はレッド・フォレストと言い、特に放射線量が高い森のようです。

放射性物質を多量に取り込んで枯死した植物の色からこのような名前が付けられているようですが、傍目にはなかなかその違いはわかりません。

ただ、この辺りを通過する時には、一瞬ですがガイガーカウンターがかなり高い値を示し、「ピーピー!」とけたたましくアラームを響かせていたのが印象的でした。

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次はかなり長い滞在となります。

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こちらはプリピャチ

発電所の名前はチェルノブイリですが、ここプリピャチの方が発電所には近く、たったの4kmほどしか離れていません。

事故前には発電所の従業員を中心におよそ5万人が暮らしていましたが、事故後はゴーストタウンとなっています。

ここでのガイガーカウンターの値は1.28μSv。

4号炉よりも高く、ここまでの最高の値です。

とは言え、アスファルトに立っている時の値はこのくらいでしたが、ひとたび鉄製のマンホールにガイガーカウンターを近づけると…

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この通り、一気に値が跳ね上がってしまいます。

どの程度放射性物質を溜め込むのかは、物によって大きく違いが出るようです。

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廃墟となった街のはずなのに、所々に落書きがありました。

これだけ広大な地域ですから、警備もかなり大変なことでしょう。

ガイドさんによると、ウクライナ人の若者は肝試しの気分で立入禁止区域を訪れる者もいるそうです。

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規模の大きな街だっただけに、一通りの施設が揃っています。

こちらはスーパーマーケット。

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こちらは劇場。

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さらには遊園地までもありました。

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この遊園地は事故の5日後に開業予定だったようで…この観覧車は結局1度も人を乗せること無くその役目を終えることとなってしまったのですね。

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こちらは何だかわかりますか?

あの木々の奥にちょこっとだけ見えているのですが…

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陸上競技場です。

トラックの内側だった所には木が繁茂していて、客席を見ないとここが何だったのか絶対にわかりません。

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ソ連式の団地。

放射性物質が積もらないように窓は多くが開いていました。

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中はこんな感じ。

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これらの木々も30年前にはもっと背丈も低く、整えられていたのでしょうね…

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こちらは学校です。

紙の掲示物などは劣化により全て剥がれ落ちていましたが、所々に教室の面影を残しているのが、何とも痛ましいです。

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キリル文字のアルファベット表なんかも。

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特別教室にはガスマスクが散乱していましたが、これは確実に後から何者かが置いたのでしょうね。

こう言う細工は、何とも興ざめしてしまいます…

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プリピャチは2時間ほどの街歩きでしたが、これだけの規模の街が自然に飲み込まれようとしている事の衝撃、それだけ重大な事故だったという事を強く実感しました。

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プリピャチを後にする時の車内では、事故前の街の様子をVTRで流してくれました。

たった30年の間に、こうやって観光客と言う立場でこの地の様子を見て周れるくらいになるまで、除染を進めたその技術、努力にはただ感嘆するばかりです。

しかし、映像で見た緑豊かな街、人々の明るい笑顔。

少なくとも自分が生きている間に、この地にこうした姿が戻って来ることは無いのでしょう。

たった1度の事故で、何十万と言う人々が、これまでの生活を激変させることとなってしまった重み。

実際に目の当たりにしたからこそ、心に深く突き刺さった事でもあります。

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最後に、事故前まで使われていたソ連のレーダーシステムを見学しました。

そのあまりの威容に多くの人が笑顔で記念写真を撮っていました。

ただ、自分たちは決してそんな気分にはなりませんでした。

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ちょうどここに描かれてあった風刺の落書き。

除染作業に従事する作業員に対し、ポケモンGOをしている人が「ピカチュウどこ?」と尋ねている様子です。

急増する観光客が、まさにこのポケモンGOをしている人のようだと痛烈に批判をしているわけですね。

そりゃそうだろうと思います。

これを自分たちの国に置き換えてみましょう。

もし福島第一原発を背景に、原爆ドームを背景に、笑顔で写真撮影をする旅行者の姿がニュースで報じられたとしたら、SNSで流れて来たとしたら…

恐らく相当な非難が巻き起こるのではないでしょうか。

「負の遺産」は、人の悲しみの上にあるものです。

その悲しみを忘れず次世代につなげていくために、あえて残されている物もあったりします。

そのような場所で、記録写真を撮るのならまだしも、なぜ自分を入れた記念写真を撮る必要があるのか。

なぜそんな写真を撮ろうという気になれるのか。

そんな事を考えながら、チェルノブイリを後にしました。

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1日中どっぷりと動き回って、キエフに到着した時にはもう真っ暗です。

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夕食はたまにはウクライナ料理を。

宿の近くにあるブザタ・ハタへ行って来ました。

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そして、今夜がおにさんと過ごす最後の夜。

夜遅くまで、飲みながら色んな事を語り合いました。



さて、盛り沢山だったキエフでの日々も明日がラスト!

再び1人旅へと戻って行きます。

そしてここから怒涛の移動の日々…

体力が続く限り、しばらくの間歩みを進め続けます。



本日もありがとうございました!





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プロフィール

Maru

Author:Maru
高校地理教師による世界一周!
2019年4月2日出発!
アフリカ縦断旅スタート!エジプトから陸路で南下していきます。